病院の待合室でお腹を抱えるように俯いている女性がいた。
彼女が何に苦しんでいるのか、自分にはわかった。
なぜなら今わたしがいるのは、IBD専門病院だからだ。
痛みは見えるのに取り去ることができない
潰瘍性大腸炎やクローン病など、炎症性腸疾患を専門に見る病院がIBD専門病院だ。
日本にはIBD専門病院がそれほど多くないため、痛みを抱えた患者が遠方からもたくさんやってくる。
その女性がどこからやってきたのかは分からない。
ただ、腹痛に顔をゆがめて相当に苦しんでいることだけは一目で分かった。
健康な人からみたら、一時的な腹痛の痛みをこらえているようにしか見えないかもしれない。
しかしこの痛みは一時的ではなく、1か月以上続くこともあるものだった。
実際に体験した自分ならわかる。
苦悶の表情を浮かべている彼女には、想像を絶するぐらいの痛みが伴っているのだと。
彼女はスーツを着ていたから、仕事をしているときに腹痛に襲われたのだと思う。
と考えれば、やはりこの近くに住んでいる人なのか。
そんなことは今どうでもいい。
わたしは彼女の痛みを取り除くことはできず、ただ待合室に座っていることしかできなかった。
病院から帰宅するときに感じる虚しさ
彼女はお腹を押さえ、うつむきながら診察室に入っていった。
病院はこじんまりしていて、診察室での会話は待合室にいても聞こえる。
おまけに院長の声はとてもでかい。
彼女の声はかなり小さくて聞こえなかったが、院長の言葉は鮮明に聞こえた。
院長は潰瘍性大腸炎の薬と痛み止めを処方したようだった。
潰瘍性大腸炎患者ならわかるだろう。
病院にきたのに何も解決せず、家に帰っていくむなしさを。
自分が痛みに耐えているときは考える余裕すらないが、診察が終わり待合室で腹痛に耐える彼女をみていると、わたしの心は強く痛んだ。
痛いのは自分ではないのに、見ているだけでこっちに痛みが伝染して涙がでそうになった。
自分にはなにもできないし、治すこともできない。
病院でも根本的な解決策を得られない、このもどかしさに腹がたった。
彼女はお腹を抱えながら、処方された薬をもって家に帰っていった。
仕事を失うかもしれないという思いから無理をする
彼女は診察のときに、診断書を依頼したらしかった。
どうやら1日分の診断書を依頼したらしい。
なぜそれがわかったかというと、院長の「診断書は今日の分だけでいいの?」という言葉が聞こえてきたからだ。
正直、「もっと休みをとればいいのに」と思ったし、「会社を1日休むためだけに診断書が必要なのか」と驚きもした。
彼女は責任感が強そうで、まじめすぎるのだなと勝手に想像を膨らませた。
「長期間休むと最悪クビになる可能性もある」という危機感を抱いているのかもしれない。
自分も過去に同じようなことをしていたことを思い出した。
1日20回近くトイレに駆け込み、1日中腹痛に襲われるなかで会社に出勤していたことがある。
周りの人には痛みを分かってもらえず、トイレに頻繁に行くのでさぼっていると疑われた。
潰瘍性大腸炎だとは伝えていたが、「腹が痛くてもとにかく会社にくること」が求められた。
便器は真っ赤に染まり、それをみて青ざめる日々。
最終的に限界に達し、入院することになったあの時のことを今でも思い出す。
自分の姿と彼女の姿が重なり、胸が苦しくなる。
そんな状態で仕事を続けて何になる。それで得られるものがあるのかと。
結局入院が長期化し、わたしは会社をクビになった。
会社は何も助けてくれなかったし、世間はそんなに甘くないと感じた出来事ではあった。
だから彼女に対して「無理して会社に行く必要はないよ」と声をかけることもできなかった。
使えないと判断されれば容赦なく切り捨てられてしまうし、1度職を失えば次の仕事を見つけるのは難しい。
潰瘍性大腸炎というハンデがあればなおさらだ。
彼女が元気になってくれることを祈ること、今のわたしにはそれしかできない。